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       パニック障害のイメージ

このページでは院長自身が20代半ばの頃に実際に経験したパニック障害の経緯とその考察をメインに書き記したいと思います。

パニック障害はその特徴から実際に経験した人でないと中々理解出来ない部分が多々有るのでは?!と考えています。症状が現在進行形の方ですと先の見えない不安も有るとは思いますが実際にパニック障害を克服した人間が施術を行いますので一日も早く安心して普通の生活が送れる様に克服していきましょう。

まず最初に簡素ではありますが「一般的に言われる」パニック障害の概要からです。

一般的に言われるパニック障害とは


一般的に言われるパニック障害の解釈は当院の院長の考え方とは少し違います。このページを閲覧されている殆どの方は既にパニック障害を発症している、もしくはパニック障害の概要は知っていると言う方が殆どだと思いますので、まだパニック要害に関して詳細をご存知で無い方は下記の文字をクリックし、ジャンプ先の外部サイトにて詳細を確認してみてください。

パニック障害の原因(外部サイト:パニック障害の改善克服の仕方)
性格や精神的な影響が大きいとも言われていますがまだまだ原因はハッキリしていません。

パニック障害の症状(外部サイト:前田クリニック)
私が経験した動悸や息苦しさ、死への恐怖感以外にも様々な症状が有ります。

パニック障害の治療法(外部サイト:同上)
病院では投薬療法だけでなく様々な治療法が有ります。


パニック障害は比較的働き盛りの人が発症し易いとされており、男性では25〜30歳くらい、女性では35歳前後の人が特に多いとされています。私が症状に苦しんだのもまさにこの時期です。

このページを閲覧されている方で病院での治療法に行き詰まりを感じておられる方がいましたら、整体やカイロプラクティックなどの手技療法と言う選択肢も考慮されてみては如何でしょうか?以下に綴る院長の実体験を基にしたアプローチで早期の問題解決に向けて施術をさせて頂きます。



院長のパニック障害体験記


それでは以下より院長のパニック障害体験記です。

パニック障害の発症


最初に動悸を感じたのは私が20代半ばの1997年頃だったと思います。

当時は都内に住んでおり移動の手段はもっぱら電車でした。
そんなある日、混雑した電車に乗っていた所、突然動悸に襲われたのです。

生まれて初めての事に戸惑いながらも何とか目的の駅まで辿り着く事が出来、電車から下りた途端に先ほどまでの動悸は嘘の様に無くなったのです。「今のは一体何だったんだ?」と思いつつも、その日はそれ以降特に何も起こらず無事に帰宅する事が出来ました。

しかしその後も混雑したエレベーターや狭い部屋に人が密集した時など、胸が重い様な息苦しい様な何とも言えない不安感が起こり病院に行く事を決意。たまたま知っていた現代薬と漢方薬を処方してくれる珍しい!?内科の先生を受診しました。

先生は「状況からすると身体が過度に緊張している様ですね・・パニック障害かもしれません」と言い、神経の高ぶりを穏やかにする漢方を処方して下さった記憶が有ります。
漢方薬と言うのは現代薬の様に即効性が有る物ではなく、時間をかけて体質そのものを変えて行くと言った物なのですが、当時はこの業界に入る前だったので「飲んでも余り効果を感じないな・・」と思い、数回の通院だけで止めてしまいました。
ただこの時をきっかけにそれまで日課にしていた腕立て伏せや鉄アレーでの胸部を中心にした筋トレは身体への負担を考え一切止めました。

パニック障害発症後の経過

満員電車で初めてパニック障害による動悸が出てから、その後も様々な形で動悸や息苦しさに襲われました。以下は私の症状が出た時の傾向です。

満員電車(仮に空いていても特急・急行など中々扉の開かない電車は不安で駄目)
そこそこ混んでいる電車の車両中央付近(扉の近くなら大丈夫)
地下鉄(混雑状況に関係無く地下に潜ると駄目)
狭い空間に沢山の人(空気循環の悪い所は基本的に駄目)

こんな感じでしたので電車移動は特に注意が必要でした。
各駅停車の扉の近くなら大概は大丈夫だったのですが、地下鉄の場合は「このまま死んでしまうかも・・」と感じるほど動悸が激しくなる事が有り、命の危険を感じて隣の人に助けを求めるべきか否か悩む事も有りました。でも駅に到着して地上に出てしまえば動悸は治まってしまうんです。そんな状況がずっと続いていました。

訪れた人生の転機
パニック障害が続く中、私も25歳と言う事で改めて今後の生き方を真剣に考える様になりました。それまでは「仕事は楽しければ良い」とスタンスで玩具業界で働いていたのですが、働く中で仕事の楽しさに加えて社会的な貢献も意識する様になり、「楽しさ+やりがい」を求め勤務していた会社を辞めてカイロプラクティックの専門校に通う様になりました。27歳の時です。

カイロプラクティック専門校への通学を機に都内のアパートから埼玉の実家に引越しをし、環境が変わった事も有ってパニック障害はまだ残っていましたが週に2回ほど5〜10キロ程度のジョギングを始める事にしました。

パニック障害のその後
カイロプラクティックの学校に通う様になってからも1年生の前半は頻繁に症状が出ていました。授業は昼過ぎからだったので、行きの急行電車は大丈夫だったのですが帰宅はラッシュと重なってしまうので急行電車は混雑からの動悸や中々扉が開かない事への恐怖心から始発駅(池袋)から乗る事が出来ず最初は各駅停車でしばらく進み、頃合を見て途中駅で急行に乗り換えると言った毎日を過ごしていました。その間も週2回程度のジョギングの継続と学校での実技の授業や放課後に学友と矯正の練習をして過ごしていました。

1年生の後半位からでしょうか、序々にでは有りますが恐怖を感じる様な激しい動悸は出なくなって行きました。時折鼓動が早くなる事は有っても何とか持ちこたえる事が出来る様になったので帰宅時に急行電車に乗れる様になって来たのもこの頃からです。そして2年生になるとパニック障害の症状は殆ど出なくなりました。

そして現在
カイロプラクティックの学校を卒業後4年間、都内整骨院の勤務をしていましたがその間に動悸は一度も無く独立開業後1年ほど経った頃に一度だけ横浜から初めて乗る電車で極々軽い動悸がしたのが最後でした。勿論現在は不安を一切感じる事も無く混雑した電車にも普通に乗れています。



なぜ改善したのか?院長なりの考察


殆ど薬に頼る事も無くパニック障害を克服してしまったのですが、発症した時の状況から治癒までを自分なりの解釈で振り返ってみました。


症状が出る前に私が頻繁にやっていた事

過度な腕立て伏せ(週に何度か1セット100回を行っていた)

腕立て伏せと共に8キロや6キロのダンベル運動

※補足:当時は普通の会社員だった為、胸部の筋肉を散々縮めるトレーニングはしてもストレッチをすると言う概念は全く有りませんでした。

補足も含めたこれらの行為は今振り返れば胸部の筋肉を過度に緊張させ肺や心臓を圧迫、猫背になり易い状況でした。イメージとしてはボディビルダーの人達が胸の筋肉を強調する時に少し背中が丸くなりますよね。あのイメージです。


パニック障害を発症して止めた事と新たに始めた事

止めた事:筋トレ全般

新たに始めた事:ジョギング、カイロプラクティック専門校での矯正の練習


なぜ改善したのか?

ここからはあくまでも私個人の考察です。
まず筋トレを止めた事で胸部の筋肉を過度に緊張させる要因が無くなり、これにより心臓や肺に対する圧迫は軽減され胸郭の柔軟性も回復し吸気が深くなる事で血液中の酸素量も増えた。

また新たにジョギングを始めた事で走る際に背筋を伸ばしたり肘を後ろに引く動作が圧迫され続けた胸郭を拡げてくれた。またカイロプラクティック専門在学中の矯正の練習も結果的には功を奏したと思います。そして胸郭が拡がる事で顎も引きやすくなり不良姿勢由来の上半身の筋肉の緊張が緩和され上背部から心臓や肺に伸びる交感神経(自律神経)も本来の働きを取り戻し改善に至ったのでは・・・そんな風に考えています。

パニック障害の症状が治まってくる迄の期間は症状が続いている方には先の見えない不安の要因になるかと思いますが、上背部を中心とした筋肉の硬縮をどれくらいの期間で緩和出来るのかが一つのポイントになると私個人は考えています。

やみくもに筋トレを続けている方や猫背の認識が甘い方は症状が長引くでしょうし、整体やカイロプラクティックでの施術と併せて日々の生活習慣の中で正しい姿勢や歩き方、生活習慣の認識を強く持てる方は症状が治まってくるまでの期間も短いのではないかと思います。

当院では院長自身の実体験も踏まえてパニック障害の方には頚部や胸部、上背部の筋肉の過度な緊張を取るストレッチや姿勢指導、歩行指導も行っています。
お陰様で当院ではその方法で多くの方々がパニック障害の悩みから開放されています。

カイロプラクティックや整体での施術はパニック障害の悩みを解消してくれる一つのきっかけにもなる素晴らしい手技療法です。

余談ですが私のパニック障害の症状が初めて出た時は人生の岐路に差し掛かっていた時期では有りますが、正直精神的な影響はそれほど無かったのでは!?と考えています。




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